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対談
座談会

 第15回 RRCS対談&座談会

2022年1月11日配信

テーマ

建築界の巨匠・隈研吾氏を2022年新春企画にお招きして

「2050年そして2100年の建築はどうなっているか?」

参加者

隈 研吾

1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。30を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

 

(野口)
視聴者の皆様新年あけましておめでとうございます。今回で15回目を迎えます座談会でございます。私、一般社団法人生コン・残コンソリューション技術研究会の代表理事を務めております、野口でございます。今回は、特別に新春座談会ということでございまして、東京大学名誉教授、かつ特別教授の隈健吾先生をお迎えしております。私も数年前まで同僚としてご一緒させていただきましたが、先生のご活躍は当時から今に至るまで全く留まるところを知らないというところでございまして、今日は私も非常に楽しみにしております。隈先生、どうぞよろしくお願いします。

(隈)
よろしくお願い致します。

(野口)
本日ですが、2050年2100年建築はどうなっているのだろうか、というのが大きなテーマでございまして。そのあたりを最後はですね、先生の方からお伺いできればと思っておりますが、その前に隈先生、私も建築学専攻出身で現在も教鞭を執っておりますが、あまり建築全体の歴史を知ってるわけではないので。ぜひそのあたり、近代から現代に至るまでの建築がどのように移り変わってきたかっていうあたり先生の観点で少しお話し頂けますとありがたいのですが、よろしくお願いします。

(隈)
はい、最初からすごく大きな課題が与えられて。近代から現代の建築の移り変わりで、僕がやっぱり一番大きいのは材料の転換だったと思いますね。材料がいわゆる工業化に適した材料を探すということで、工業化社会の中でどの材料が一番工業化という社会のシステムに合うのか、その工業化の都市に一番適した材料はないかというのがさらされた結果がやはり、コンクリートが一番向いている。高層ビルの場合はコンクリートに鉄骨を組み合わせるのが一番向いているという、それが工業化を世界中で非常に早く進めたというふうに言えると思います。ですからモダニズムという建築の動きが、建築のおける革命のように言われて、デザインの革命のように言われますけれども、実はモダニズムというデザインの革命の背後にあるのは材料革命があって。その材料革命にどういうふうなデザインを与えるかというのでモダニズムという運動が出てきたので。何かよく建築の学生はデザインから勉強するから、何か革命的なデザイナーの集団がそのような革命を起こしたようにありますけれども、実はその背後にあるのは材料革命があったというふうに僕は感じました。それがやはり一気に世界を都市化して、この20世紀型の都市スタイルとかライフスタイルを全部作った、大都市には超高層バンバン建てて、その郊外には郊外住宅をすごい量で作るというふうなシステムが、一挙にこの100年間で世界中に広まったというのが建築の歴史というのを、非常に単純化してしまうとそういう風なことになるかなという気がしますね。

(野口)
なるほど。先生のおっしゃるようにどこの都市に行っても、「ここ見た世界だ」ってことになっちゃってて、あまりその文化的なことを感じなくなっちゃってしまっているっていうのは、常に感じるんですけど。先生が今おっしゃった工業化という中で、コンクリートがその主要な材料であったという中で、先生のコンクリートに対するお気持ちっていうのも、もしかしたら感覚的な点を含めて変化されてきたりしてますか?

(隈)
そうですね僕は、隈研吾というと木のことを色々、推進しているような風な人間に見られがちですけれども、僕は、僕の作っている木の建築というのもベースになっているのはコンクリートが支えているという感じになるので。やはりどういう形でこれからの時代というのは、建築の材料とそれからそのローカリティ、普遍的な材料とローカルの材料というものをどういう風に組み上げていくかということがテーマになってくるというふうに思いますね。モダニズムの時代というのに普遍的な材料を一気に移行してしまって。それぞれのモダニズムの前の時代のローカルな材料、大体それまでは、それぞれの地域でレンガが得意だったらレンガ、石が得意なところは石、木が得意なところは木っていう、それぞれのローカルな材料で、ローカルな個性のある建築を作ってたのが一気に普遍の方に移行してしまった。それがこれからの時代というのは、その2つがうまくバランスをとっていくという時代に行くかなというふうに思いますね。

(野口)
一昨年、先生に日本建築材料学会というところでご講演をいただいたときに、先生をご紹介させて頂くのに、「マテリアルオリエンテッドな建築」をこう作られているっていう風にご紹介させていただいたのが、まさにその先生がおっしゃるようなところかなと思っていまして。特に私、建築材料を教えている関係で、建築家がどのように材料を選んできたかを学生にレポートとして課したりするんですね。その中で隈先生の建築って必ず毎年取り上げられるということで。石であったりとか、木であったり。それ以外にも最近新しい素材とかも使われているじゃないですか。FRPの素材とか、あのあたりを使われるきっかけになったっていうのは、何かやはりその土地とかその時代であるとか、そういう形で今先生がおっしゃったローカリティっていう、そのあたりがやはり根底にあるんですかね。

(隈)
そのきっかけは僕の方から行くというか、どっちかというと素材の方からやってくるという事が多いんですよね。実は、例えば石の美術館というのを作ったりしたのも、その前は実は僕は石に特別興味があるわけじゃなくて。普通だとコンクリートの上に今だと3センチの石を乾式で貼るみたいなやり方が一般的じゃないですか。で、それはもう本当に石を薄っぺらな化粧として扱っているみたいで嫌だなといって。どっちかというと石は拒否の方が強かったんですけども、その石の美術館の時は栃木県の小さな石屋さんが、芦野石っていう山を持ってる石屋さんが、石をテーマにしたミュージアムも作りたい。そのときに石は山ほどあるし、職人も手が余ってるからって言うので、「あ、それなら乾式で薄い石を貼るというやり方ではないやり方に挑戦してみよう」っていう風に、向こうから、石屋さんからのオファーがあったから僕はそっちの方に行けたみたいなので。なんか自分から探していくというか、ある種偶然の出会いみたいなもので一期一会的な材料との出会いで、何か始まるということが多いんですね。なので、そのFRPなんかも、FRPが特に面白いと思っていたというよりは、最初に使ったのは、自分で手作りで家を作りたいみたいなことを考えているクライアントが、そういうハンドメイドみたいなものでブロックを積み上げるみたいなことで家ができないかなということを言われたので、ならばそういう手で持てる重さのものでいい材料はFRPかな、なんてことを思って。それでプロジェクトが始まったりしたので。ある意味で出会いをどう生かすかみたいなことをやっているうちに、いろいろな材料に出会えたみたいな感じですね。

(野口)
北京とかの竹の使われたホテルなんかも。

(隈)
北京のプロジェクトの前に日本で、ご書道の先生が作る家で、竹が好きなんだということをおっしゃるので。それであれば昔の竹城案なんて、何か昔の画文集にある竹を組み合わせた家の画を先生が持ってこられて。「自分の夢はこんなことなんだ」っておっしゃるので、そういう歴史が竹にあるんだったら、ちょっと現代はそれを活かしてみるのもアリかなというようなことに始まって。日本で竹の家が割とうまくいったので、ちょうどその頃中国へ誘われて、中国へ行ったら竹足場がいっぱいあるじゃないですか。こんな竹になれている国だったら、竹の家もできるかもしれないなと思ってやってみたいなことで。ある種の出会いみたいなことから始まっているんですよね。

(野口)
ということはやっぱり素材があって、それをどう使うかっていったところでもう、そこからは先生のデザイン、デザイナーとしてというか、建築家としてのやっぱり、どう組み合わせたら、どういう風に使ったらいいかっていうところにもすごく考えられるっていう。

(隈)
そうですね、お題を与えられた時に、そのお題にどう対応するかというときに、私、僕らがやっている、ある種のエンジニアリング的思考は、単に素材をテクスチャーとして貼り付けるんじゃなくて、素材の特性を活かして、何かそれをエンジニアリング的に使えないかという教育を受けてきたじゃないですか。そういうエンジニアリング的な教育が持ちこたえられたお題に対して対応して、答えを出せたってことかなと思うんですけど。

(野口)
先生、ご出身の内田研究室ってまさにそういうところで得意とされる方が、行かれる研究室だと思っていて。そういう内田研究室って非常に伝統ある研究室で、日本の建築のあり方をある意味象徴している研究室ではないかなと思うんですね。日本ってやっぱり世界から見ると建築家教育ってちょっと変わってますよね。その辺ってやっぱり先生にとっては良かったんですか?

(隈)
それは日本の建築や教育をよくアート的な部分と工学的な部分が一緒になっている、世界でも珍しい建築だというふうなことを言われて。それで建築家の中にはそれはもうアート的な部分だけでちゃんと独立するべきで、海外の建築教育を習うべきだ。日本はむしろ古い体制だという先生もいるんですけれども、僕は逆だと思っていて。むしろそのアート的な部分と工学的な部分が一緒になって、これから進めていくのが未来を拓く方向かなと思っているので。僕はそういう形にもっと日本はそこにも誇りを持って、そこを磨いていったらいいなと思うんですよね。海外の建築の先生でもそれが面白いというふうに考えて、そちらに注目している先生が最近は増えてきているような気がしますね。

(野口)
私はどちらかと言うとエンジニアリングの先生との付き合いが多いんですけど。時々そういうアートの方々とコラボレーションしているっていうのは、よく聞くようになりましたね。それがどんどん世界ももう一度見直していくということになると、2030年、2050年、2100年という世界ってなかなか想像しにくいんですけど。たぶん我々が子供の頃に見た漫画の中で、それこそかなり未来を描いたような漫画ってあったじゃないですか。ああいう形で先生が想像される2050年とか2100年の、例えば都市であるとか建築っていうのはそんな風になっているでしょうかね。

(隈)
僕は都市において一番大きいのは道路というもの扱いが変わってくるというのが大きいと思うんですよね。それに自動車というものが、その建築の歴史というとコンクリートで工業化に対応したいうのと同時に、工業化のもう1本の柱は自動車の登場ということだと思うんですね。自動車の登場で、いろいろなモノの輸送というものが画期的に娯楽になって、それでその自動車というものが、都市の中の道路のもう半分近い面積を道路道路が占めるというような状況になって。それで人間が追い出された、都市から追い出された。それで今一度自動運転ですとかいろいろな技術が、ドローンをはじめとする自動車以外の輸送技術によって、もう一回人間に都市が戻ってくるということがすごく大きいと思っていて。そのときにどういう建築がありえるかということを、これから考えていくことになると思うんですよね。

(野口)
なるほど。どんな世界が待っているのかって、なかなか頭に描ききれないところはあるんですけど。あれですかね、もう昔は鉄腕アトムだとかスーパージェッターだとか。空を本当に個人で飛んでいるようなことが描かれていましたけど、いまだにそれが実現してなくて。そういう意味では地面というよりは、もしかしたらそういう空であったり、平板公共的な移動手段であるっていうのは地下鉄も含めてなんですけど。その辺でもしかしたら、道路が、先生かわられるということをおっしゃいましたけど、道路ってどんな風になってほしいですか?

(隈)
僕はその道路の、ようするにアスファルト舗装された面というのが緑に変わるというのがいろいろなところで起こると思いますね。都市全体が走るとグリーンシティっていう、色々な映画で、ガーデンシティとかグリーンシティというのは20世紀に描かれましたけれども、それが無理なく交通ともっと共存し合える社会、都市像がこれから出てくると思いますね。

(野口)
なるほど。コンクリートって、それこそ近代化のためには必然的に生まれてしまったような材料で。それがある意味画一的な都市を世界に作ってしまっているという状況っていうのはまさにその通りなんなのですけど。2050年とか2100年の世界においてコンクリートってどうなってるんですかね?

(隈)
その2100年ぐらいの世界というのは、大きく言うと、都市がどうやって自然に戻っていくか。で、道路も緑に戻っていくし、それから材料的にも自然素材というのはずっと人間の近くに欲しいなってくると思うんですね。でその時にその自然素材を支える材料としてコンクリートというのが新しいバランスを僕は見つけているんじゃないかなと思っていてその土地の密度というものはやっぱりコンクリートがないと成立しない密度であって、その密度を支えるためにコンクリートと自然素材がどう手を携えて行くかみたいな時代が来ると思いますね。

(野口)
コンクリートが最近、二酸化炭素を吸う、固定化するっていうことで、地球温暖化抑制に貢献することがかなり期待されてきました。先生の今おっしゃった自然素材と手を組んで支えていくっていうことを考えますと、コンクリート自体がこれだけたくさん使われているのに実はあまり一般の人からは目を向けられてなくて。身の周りにはコンクリ本体いっぱいいっぱいもうありふれてるコンクリートだらけなんだけどそこに、あまり愛情も注がれていない、中止もされていないのという状況で今でも多分支えているんだと思うんですけどね。さらにそれが自然素材と手を組んで支えるということになると、まぁある意味縁の下の力持ち的に、二酸化炭素を吸いながら役に立っている。その辺が私の中だと思い描く世界かなと思ったんですけど。二酸化炭素がコンクリートで吸うなんていう、先生の感覚から言うとそれってそんなもんでしょうかねってちょっとお伺いしづらいような質問かもしれないですけど。

(隈)
いや僕もその二酸化炭素を吸って技術をちょっと前に見て、ああそれはすごくあり得るなと思ってて。直感的になんとなくコンクリートって液体と石灰の粉とかでなんとかすることになり、「吸う素材として相性がいいような気がした」ので、ああこれはきっとすごくこの技術伸びるなと直感で感じたので。それは、僕はこれからの世界とって、世界全体にとっての朗報だと思いますね。

(野口)
木材が森林で育って、先生に使われるときには固定化されたまま、二酸化炭素固定化したままずっと使われ続けて。で寿命が来たらそれは燃やされて燃料に変わってっていうことで。二酸化炭素にもう一回大気に戻っていくという循環が非常に木材の方が、輪廻転生的に使われて。成長の過程のスパンと、そう変わらなく。バランスがとれて、自然にバランスがとれた状態で我々が使ってきていると思うんですけど。コンクリートも同じようにそういう自然の循環の中で、うまく使われていくのであれば、生き残っていけるんでしょうかね。

(隈)
僕はコンクリートに関しては、この100年、工業化社会の100年という間は、本当に使うことが精一杯でコンクリートのそれ自身についての研究ってあんまりされるはしなかった。これは今の二酸化炭素の話を聞いて、やっと何かコンクリートが僕らのものになる時代が来て本当に人間の材料にこれで慣れるのではないかなってすごくうれしくなったんですけどね

(野口)
なるほど。2005,6年ですかね、スウェーデンからたまたま訪れる人が建築家だったんですけど。なんで私を訪ねてきたのかわからないんですけど。その時にスウェーデンで、非常に先端的な試みなのか建築家の思考なのかんですけどもう、ビルの中の床とか壁、内壁は二酸化炭素をとにかく吸わせるんです。そのときに言ってて。どういうことなのかあまり理解できなかったんですけど、今になってやっとコンクリートの使い方として、木材と同じような輪廻転生的な使われ方があるのかなと思っているところで。ぜひ先生にもですね、いつかコンクリートをテーマに建築としてどうコンクリートを使ったらいいのか考えさせられる設計をしていただきたいなと思っています。我々の会員の中にも、コンクリートの供給者であったり、コンクリート材料の供給者がいっぱいいますので。クライアントとして先生にぜひコンクリートの建築を依頼していただければ、面白い建築が出来上がるんじゃないかなと思いますので。そのときはよろしくお願いします。

(隈)
楽しそうですね。コンクリートなんだけど、それが何かよく、ある種に有機的な建築みたいなものに挑戦するってすごくなんか夢のあるプロジェクトだと思いました。ぜひよろしくお願い致します。

(野口)
本日は非常にスムーズに話を展開することができました。ぜひ2050年とは言わず、2030年に向けてぜひコンクリートの建築を、新しいコンクリート建築のあり方を隈先生にはお見せいただければ、我々会員一同非常にうれしいと思っています。ということで、本日15回目の対談これで終わらせていただきます。ありがとうございました。

(隈)
ありがとうございました。